しばし呆然とする僕。遠くの方で誰かの話し声が聞こえた。時計を見ると5時を過ぎ
ている。そろそろ起きだして活動し始める人が出てくる時間だ。こうなったら数少ない
旧館に宿泊している女性と新館に宿泊中ながら自室のトイレを使いたくない女性を
狙って「うんこの気配」だけでも感じ取らせてもらおう。

これは普段から女子トイレ付近でやっている事と同じだ。かなり可能性の低いチャレ
ンジだが「棚ぼた」だって棚を覗かなければ牡丹餅にはありつけない。まさしく普段
からの地味な活動があってこその成果ということだ。幸い僕は部屋にトイレのない旧
館に宿泊している人間だ。この男性トイレに関しては何度だって出入りをする事がで
きる。また昨日のような敵対心剥きだしの女が現れたとしても堂々としていられるだ
けの理由を有しているので心の保険としてはこれで十分すぎるくらいだ。

部屋を出てトイレに向かう。先ほどの声の主は大浴場にでも向かったんだろう。やは
りこのトイレの辺りに人の気配はない。ここで気付いたが階段の踊り場に陣取れば
僕の泊まっているフロアの上下にあるトイレの出入りまでもが把握できるようになっ
ていた。隠しカメラが設置されていない限りは監視カメラのようなものは設置されて
いない。たとえ設置されていても階段の踊り場に宿泊客がいて何が悪いというのだ。

あとは気配を消して獲物を待つだけ。昨日チェックしたとおりここのトイレは中の様子
が外まで筒抜けだ。5分・・・10分・・・ここの階段を降りて数人がタオル持参で大浴
場に向かっていった以外に誰もトイレには入らない。

「いま大浴場に行った人達が戻ってきた時に僕がこの踊り場にいたら怪しいよな・・・」

早くもこの作戦に暗雲が垂れ込める。そうこうしているうちに上の階の廊下をこちら側
に歩いてくる足音が聞こえてきた。踊り場に身を潜めながら上の階を見上げると男性
用トイレに誰かが入る足元が見えた。男性は個室に入ったようだ。本来なら男性のト
イレになど興味は無いがここのトイレの音の抜け具合を確認するのに踊り場で待機す
る。高齢者風の咳払いと唸り声、放屁と共に気泡混じりの便が小気味よく排泄される
様子が手に取るように分かる。

「ここのトイレ・・・音漏れすぎ・・・」

嫌なものを聞いてしまったが逆に考えれば女子トイレだって構造は一緒な訳なのだか
ら誰かが入ってくれさえすれば同じ音量で聞こえてくるはずだ。これだけ筒抜けだった
ら音消しをしたって大きめの排泄音だったら水洗音との切り分けができそうなくらいクリ
アに聞こえてくる。あとは獲物を待つだけだ。

しかし誰も来ない・・・かなりの時間獲物を待ったが2人男子小用の利用があっただけ
で女性は全くやってこなかった。廊下の有線から音楽が流れ始め外の車道を往来する
車の音が激しくなってくる。潮時だ・・・。

結局嫌な音を聞いただけだった。フロントが開くのを待ってチェックアウトする。