まず最初に書いておきたい事ですが、僕は肉体的にも精神的にも男性だと思って生きています。性の対象は女性です。うんこが魅力的に思えるのは性の対象と成り得る人がしたうんこだと分かる場合です。

これは僕がそうですというだけの話ですし、それ以外の多種多様な性の形が存在することは不勉強ながら承知しております。また、自分以外の性の形を否定するつもりなど全くありません。まずはその事をお伝えしてから今日の記事に入りたいと思います。



ネット上で誰かとやり取りしたり、そこまでいかなくても文章や写真や動画を楽しませてもらっている時にその方の性別が気になる事ってありませんか?

僕はその体験談やエピソードは男性なのかな?女性なのかな?とかこのうんちは男性のうんちなのかな?女性のうんちなのかな?とかいつも考えています。大体の場合は男女が分かるように何かしらの表記があるのでそれを気にしながら読んだり見たりする事にしています。

僕の性の対象は女性なので、書いているのが女性の文章だったり男性が書いた文章でもその内容が女性の事だったりするものを選んで読んでますし、写真や動画も女性がしているものを選んで見ています。

ここでひとつ問題が出てきます。

本当に女性なのか?という問題です。

インターネット黎明期から今に至るまで所謂ネカマと呼ばれる方(男性なのに女性としてネット上で振る舞う人)は一定数存在していました。昔は文字だけでのやり取りでしたから確認のしようがありませんでしたし、いまはボイスチェンジャーで声を変えることが容易にできたり写真なんかも上手に加工できますから技術的にはやろうと思えば誰だって出来てしまいます。詳しくないのでハッキリとは言えませんが動画もある程度は修正できちゃうらしいですね。

なので極端な言い方をしてしまえば実際に会わない限り相手の性別なんか分からないとも言える訳です。(場合によっては会っても分からない事だってあると思います。)

僕は基本的に発信する側の主張する性別を信じる事にしています。あれ?男性か女性か気にして選ぶって言ってなかったか?と思われるかもしれませんが、それは文章も写真も動画も「女性のものとして主張されているかどうか」という事を気にして選んでいるという意味なんですよね。

別に男性が女性として可愛い文章を書いていたり、女性としてうんちの写真を投稿していたり、女性としてうんちをしている動画を投稿していたとしてもそれはそれでアリだと思っています。だって確認のしようがありませんもの。

ただ、それは本当にその方が自分の事を女性だと思ってそれをしている場合に限ります。

ネットの中では自分の本当の気持ちに素直になって振る舞っても良いんじゃないかなと思うんですよ。悪意や悪ふざけではなく本当に女性の気持ちでそうしてるんだったら誰もそれは責められないんじゃないかって思うんです。

なんか格好つけている発言のように取られるかもしれませんが、ネット上だけのやり取りであれば本当に確認のしようもありませんし、大げさな話をすれば実害もない。会うのが目的なら問題があるのかもしれませんが会話を楽しんだりするのでしたら問題はないんじゃないかと思うんです。

いま僕とネットでやり取りしている方の中にも「多分男性なんだろうな」という方が数人います。また別な方の一人はひょんな事から男性であることを知ってしまいました。それを知るまで僕はその方を完全に女性だと思っていました。でもその方はそれを僕に知られた事を知りません。ですから僕は今でもその方を女性だと思ってコミュニケーションを取っていますしその方も女性として僕に接してくれています。

綺麗事かもしれませんが、インターネットを介したコミュニケーションは実際には会わないわけですから接しているのは心と心な訳ですよね。だとしたら実際の戸籍上の性別は関係なく心の性で接しても別に良いんじゃないかなって思うのです。

決してすべての場合に当てはまるとは言えませんが、今の僕はそういう意見なのです。

 

うんちまでもを再現する企業努力・・・僕は嫌いじゃありません( ・`д・´)