変な時間に寝てしまった為か変な時間に眼がさめてしまった。
しかももう一度寝ようとしてもなかなか寝付けない。時計は深夜1時をまわっている。
明日は早朝から仕事なのでもう少し眠っておきたいのだがそう意識すればするほど
目が冴えてくる悪循環に飲み込まれ始める。シーンとした館内のどこからか誰かの
いびきが聞こえてきた。
この宿にした事を30分も布団の中で後悔していただろうか、誰かが部屋を出て
廊下を歩く音が聞こえてきた。僕の部屋の前を通りフロアの奥の方へと向かって
いく足音。一番奥にあるドアはトイレの入り口だ。
バタン・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ギィ~
事前にチェックしたときに気付いたのだが、かなり老朽化したこの施設は建物自体
の建付けが悪くなっていてトイレ内にある個室2つのうち向かって左の個室の扉を
開け閉めするとギィ~という音がした。右の個室は扉の音はしないが換気のため
開けっ放しになっている窓から個室に出入りする姿が目の前にある道路を行き来
する人や隣の家の人に丸見えになる角度になっていた。なので利用者のほとんど
は左の個室を選択するだろうということはある程度想像していた。右の個室のよう
なトイレは僕だって敬遠したい。それにしてもよく扉の音がここまで聞こえてきたも
のだ。シーンとしているこの時間だからこその奇跡だった。いや、奇跡かどうかは
誰が個室に入っているかによって違ってくる。よし!チェックだ!
こういうときに忍び足はかえって怪しい。一拍置いてから部屋を出て普通の足取り
でトイレへと向かう。一拍置いたのはもし個室に入っているのがあの水商売風の
女だった場合に僕の足音に警戒して排便やガス抜きを回避されるのを防ぐため。
出してさえしまえばその時点で僕の足音に気付いてどんなに慌てようとももう僕に
残り香を嗅がれる事からは逃れられない。それでも普通の足取りにしたのは正当
にトイレを使用する者を装うためのポーズだった。不必要なトラブルはどうしても避
けたい。変態の嗜みである。
廊下を歩いているとザァ~という水を流す音が聞こえてくる。直後にギィ~という
扉の音。早い・・・滞在時間的に小か・・・という事は・・・。
あと数歩でトイレのドアというところでそのドアが開き水商売風の女が廊下に出て
きた。この滞在時間だと超快便じゃない限り大の可能性はかなり低いと思ったが
やはりこの女だったか。小か・・・でもガス抜きの可能性は残っている。
僕の姿に気付いた女は一瞬ぎょっとした表情を見せたがすぐに敵意に満ちた顔に
変わった。携帯電話の一件からなのかこの女に完全に嫌われたようだ。しかしど
んなに嫌われようが僕には関係が無い。残り香が嗅げればそれだけで十分だ。
この性格の悪い女はいったいどんな臭いを嗅がせてくれるのだろう?
トイレのドアを開けさらに奥にある個室の左の扉を開ける。ギィ~ 水洗のタンクが
まだ給水を続けていた。
・・・ん?臭く・・・ない。
僕は洋式便器の蓋を開けて便器の中に顔を突っ込んでもう一度臭いを嗅ぎ直す。
・・・無臭だ。「女の匂い」的な残り香すら感じられない。
外れだ・・・大外れだ。
ついでにその洋式便器に小用を済ませ個室から出る。こんなところに長居は無用だ。
手を洗ってトイレから廊下に出る。
わぁっ!
そこには先程の水商売女とその彼氏らしき男が立っていた。